三谷脚本は今回、信繁の祝言の席で小県の国衆のひとり、室賀を暗殺する、というプロットを考え出しました。
信繁の祝言と室賀の暗殺が同時に行なわれた、という記録はたぶんないはずです。 前回の当ブログレビューでも触れたように、三谷サンはそのふたつを繋げて話を創作している。
いったい何のためにそういう話を作り出すのか。
特に室賀が出浦や高梨内記に斬られてからきりがとった行動を見て、ふと考えました。
どうしてめでたい席でこういうことをして、どうしてきりはその現場に信繁を連れてきたがったのか。 三谷サンの真意は何か。
浅知恵で考えつく限りでは、「おそらく信繁にとって徳川という存在を印象悪くするための、ひとつの段階的措置」。
それは今回ラストで、室賀暗殺の策を見抜けなかったことに対する、信繁のセリフから読みとることが出来ます。
「父上は、また見事に成し遂げられましたね。
室賀の骸を見たとき、不思議と怒りはありませんでした。
ただただ、父上の策を見抜けなかったことが悔しかった。
そして…。
兄上…」
「うん…」
「私は…。
そんな自分が好きになれません…。
あのとき、梅のために、怒り、泣いたのは、…私ではなかった。
…(涙がこみ上げる信繁。 その肩を抱く信幸)。
…私は、どこへ向かうのですか?」
「悩め、源次郎…。 それでも、前に進んでいくしかないのだ…。 今の我らは…」
ここから分かるのは、きりがどうして祝言の席にいた信繁をわざわざ奥の暗殺現場に引っ張っていったのか、ということです。 恋敵でもあるが気ごころが知れた友である梅にとってめでたい席なのに、こんなことが許されていいのか。 「梅のために、怒り、泣いたのは」、きりだったのです。
さらに言えば、ものごとの道理を正面から見ることしかできないきりにとって、こういうことは許されなかった。
信繁もこういうことを平気で出来るのか。 きりはそのことを訴えたかったのではないか。
この場面を信繁が知らずに済ますことはできない。 きりはおそらく、そう考えた。
そして信繁は、祝いの席でのそんな忌むべき出来事を目の前にして、「縁起悪いじゃねーかよ」 ではなく、「ああそれでか」 と考えてしまった。
そんな策略に溺れた自分に気付くのは、この回ではそれが2回目だった。 そして限りない自己嫌悪に襲われ、策略に溺れたまま成長しきった未来の自分を、恐れている。
そのきっかけを作っているのが、ほとんど徳川なんですよ。
「真田丸」 という物語において、せっかく自らの策によって北条の補給路を断ち、徳川の勝利に貢献したのに、勝手に北条との和睦なんて奥の手を出されてしまうし、それに今回の室賀暗殺、でしょう。
信繁のなかで徳川の印象がどんどん悪くなるような話に、三谷サンは物語を構築している。
今回の話は、後半に血なまぐさい陰惨な話になるため、前半はかなり意識的に明るい話ばかりになっています。 このバランスのとり方がまたよい。
そして後半、三谷氏お得意のグランド・ホテル形式の 「限定された空間」 のなかで話が進行していく。 これも秀逸。
「祝言での暗殺」、という 「起きそうもない話」 を、そうやって劇場化しぐいぐい見せていく。 信繁のセリフではないが、「三谷サン、また見事に成し遂げられましたね」、という感じです。
この回のカギとなったのは、信繁が梅とのできちゃった婚を実行するのに 「正室でなければ祝言を挙げられない」、というならわしです。
梅は身分的に言って、側室という立場しか認められない。 しかし信繁は、祝言がしたい。
その決まりごとをなんとかひっくり返そうと、前半はドタバタコメディ並みに、いわば 「しなくてもいいレベル」 の策を信繁は弄していきます。
そして同時に描かれるのが、きりの心の動揺。
これには三谷サンかなり神経を使って展開していたように思う。 なにしろ後半に信繁を血の海に引っ張り出すための助走となるべき部分だからです。 室賀よりも信繁よりも誰よりも、この回のきりには神経が使われていた、と私は感じます。
まず父親の内記からできちゃった婚を最初に知らされたとき、かなり顔面蒼白でショックを受けながらも、「お梅ちゃんは、いい子です」。
そしてそのお祝いに堀田の家にやってきたきりは、「こんなにうれしいことはないわ!」 とうれしがるそぶりをしながら、お祝いの鯉を持ってきた佐助と三十郎に 「早く入って!」「早くさばいて!」 と、いかにもイライラしたように怒鳴りつける。
梅が佐助らと退場し、ちょうどそこにいた信繁にもお祝いの言葉を言うと、「お前に喜んでもらえるといちばんうれしいな!」 と返され、「それって何よ?」 という表情をしながらも、「これからも、仲よくしてくれるんでしょ?」 と信繁に念を押し、「もちろん」 という答えを得ると、途端に破顔一笑 「よかったあ~~!」。 この、きりの純情を考えると、私自身の胸の古傷が、チクチク痛んでくるのです(ハハ)。
そこに戻ってくる梅。
いきなり信繁とイチャイチャしだすと、きりは 「源次郎にはあなたがお似合いだ」 と過剰な笑顔で散々持ち上げた末に、その場を離れて家の外の門構えのところで号泣してしまう(そこに無神経な信幸がやってくる、というダメ押しまで)。
かなり、きりの心情を丁寧に描いている、と感じました。 そして後半、祝言の直前に信繁への恋心を梅からバレバレで見抜かれていたことが判明し、ますますきりの心はズタズタになっていく。 「なにソレ…」。 何度も繰り返されるそのセリフに、打ちのめされていくきりの心がこちらにも伝わってくるのです。
話は前後しますが、室賀の動きを察知した昌幸たちは結局、薫(高畑淳子サン)の反対で立ち消えになっていた信繁の祝言を執り行うことにします。 もちろんその目的は、室賀の暗殺。
「なにもそんなことに信繁の祝いの席を使わなくても…」 とそれに反対する信幸なのですが、「室賀の真意を知るためだ」 という昌幸の言葉に、折れてしまう。 「せめて源次郎には知らせないでおきたい」。 兄はその思いやりでもって、病弱でコメディ担当の妻(笑)に 「祝言の間源次郎から眼を離すな」 と 「源次郎に秘密の状態」 をなんとか保持させようと画策する。
さらに注目なのは、室賀が昌幸暗殺にあまり積極的ではないことを本多の要請時から明確にしている部分です。 なぜなら室賀は昌幸と 「幼なじみ」 だから。
こうした布石が次々と打たれるなかで、後半の 「閉じた空間」 での劇場が開始するのです。
祝言のあいだじゅう、いちばんうしろの席でふたりの幸せ見てるなんて、ひとこと言ってもいいかな、くたばっちまえ、アーメン状態の(あ、大昔の歌で 「ウェディング・ベル」 というのがございまして…)きりはその場を逃げるように抜け出し、あろうことか、昌幸が碁の席に室賀を誘いだした奥の間のそばに来てしまう。
近くに侍っていた信幸は気が気ではない。
「向こうに行ってろ」「いられては困るのだ」。 小声で信幸がきりを急かすのですが、きりは 「お構いなく」 と聞く耳を持たない。
それほどきりの心痛はひどいのです。
その頃 「兄上はどこなのだ?」 と探しに行こうとする信繁を、コメディ担当妻(笑)が引き留めます。 「これより真田名物雁金踊りをご覧に入れまする!どうぞ見てやってくださいゴホゴホ…」(笑)。
そして碁をしながら、互いの腹の内を探ろうとする昌幸と室賀。
この入り組んで緊張を煽る演出、群像劇の名手の独壇場、と言っていいでしょう。
この碁盤を挟んでの会話は、ほかのドラマブログに任せた(そこがメインだろ…笑)。 室賀はギリギリのところで自らの武士の面目も通しながら、信幸らによって斬り殺される。
きりはこの惨劇を、見るべくして見てしまったわけですが、そこで私が考えてしまったのが、冒頭のことだったのです。
私の念頭には、昨日から始まった大河ファンタジー、「精霊の守り人」 のことがありました。
私は途中で爆睡してしまったのですが、途中まで見ていて、「この話って、なんのためにしようとしてるんだろう?なにを作り手は伝えたがっているのだろう?」 ということばかり考えていました。
物語の目的が分からないまま、物語を見進めるのは、結構気力が必要なものです。
そういう点では 「真田丸」 は、まだ分かりやすくてよかったなあ、というのが、今回の私の感想なのです。
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「真田丸」 第11回 なんのためにその話をするのか
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